海外から日本を支える タイで自動車部品メーカーを創業

Name: 幸長 加奈子

Age: 

Company: New-Era International Co.,Ltd.

Post: President

College: 

Language: 日本語、タイ語

海外から日本を支える タイで自動車部品メーカーを創業

幸長 加奈子/Kanako Yukinaga
New-Era International Co.,Ltd.
President
Y global Co.,Ltd.
President
兵庫県姫路市出身。
幼少期から家族で色々な国に行っていたことや、交換留学などの経験から、いつか長期海外留学を。と思っていた。
2001年3月、兵庫県立姫路工業高校卒業後にタイに渡る。
タイ語習得後、アパレル会社の受託生産事業、金属加工会社勤務の後、2009年にNew-Era International Co.,Ltd.を設立し代表に就任。
自動車電装部品、産業機械用空気圧部品の製造、梱包資材の商社業務を行っている。
2013年には二社目となるY global Co.,Ltd.を設立。

–タイに来た経緯を教えてください。

小さいころから夏休みや春休みを使って海外旅行へ行ったり、交換留学生プロジェクトなどで色々な国に行かせてもらっていたので、海外で生活するということに対して抵抗はありませんでした。
高校3年生の進路選択の際、最初は地元の大学への進学ももちろん考えていたのですが、「勉強したいことがないのに4年間もの時間とお金をかけて卒業証書をもらうために大学に通うなんて私には無理。海外へ行ってどれだけ出来るか挑戦してみたい」と思い、両親に自分の想いを打ち明けました。
両親は、「勉強したいことがないのであれば大学に行かなくてもいい。どこか行きたい国があれば行きなさい。語学を習得したいのであれば、絶対10代の方が良いから」と背中を押してくれました。
留学先を選ぶ際、留学先としてメジャーな欧米は最初から考えていませんでした。
なぜかアジアが良かった。アジアの中でも、中国、韓国等は何度か訪れていたので、全く知らない国に行ってみたいと考えていました。
そんなとき父から「行ったことがないなら東南アジアはどう?」とシンガポールとタイを紹介されました。まずはどんな国か見てみようということで、卒業前に実際に両国を訪れてみたのですが、シンガポールは完成された国だなという印象が強かったです。一方のタイは貧困問題などの影はあるものの、どの人たちも優しく、街全体にとても活気があるような気がしました。
また、あくまでも留学であり、遊学では終わらせたくないという想いが強く、留学の後は学んだ事を活かして仕事がしたいと考えていたので、タイ語を完璧に話すことができるようになったら仕事に有利だろうなと感じ、タイに渡ることを決めました。

 

–学生時代の将来の目標や夢があれば教えてください。

経営者だった父の背中を見て育ったので、小学校に入った頃から、私も社長になりたいと思っていました。
社長になりたいと言うとなんだか偉そうな子と思われるかもしれないので、恥ずかしくてあまり小さいころは言わなかったですが、憧れていましたね。
社長という立場に憧れていた訳ではなく、苦労して事業を行いながらも、人を喜ばせる為に、自由なお金と時間を使う事が出来る父を見て、私も人を幸せにするためのお金と時間をつくれる存在になりたいと思っていました。
その為にはやはり社長になるしかないな。と。

 

–製造業の仕事に関わり始めたきっかけを教えてください。

タイに来てからすぐにシーナカリンウィロート大学のタイ語コースへ入学し、9ヶ月間勉強漬けの日々を過ごしたおかげで、1年後にはタイ語の読み書きまでできるようになっていました。その後、勉強したタイ語を使って仕事をしたいと思い、声をかけてくれたアパレル関係の会社に入社しタイでの製造受託業務を5年ほどしていました。Tシャツやアクセサリーの材料となる素材や生地を探すことから、縫製してくれる工場を探し、出来上がった商品の検品など全ての業務を一人でこなしていましたね。自分自身で働く時間を管理出来、 自分のやりたい時に仕事をすることが出来ていたので、その当時の私には合っていたのですが、あるとき限界を感じました。「これを20年、30年続けることはできないな。新しいことに挑戦しもっと色々と学んでいきたい」
そんなとき、同じ兵庫県出身でこれからタイで製造業を起業するという男性に出会いました。その方はタイに駐在していたことはあったけれどもタイ語を話すことができないので、会社設立に関してなど、通訳として手伝って欲しいと言われたことがきっかけで色々と手伝うようになりました。
しかし、通訳は単語を知っているからといってできる仕事ではなく、仕事の内容や背景などをある程度理解していないと正確に訳すことができません。ということは、私が通訳として役に立つためには、私が製造業のことを知らないとならないので色々と勉強しました。そこで、ものづくりに対する拘りの姿勢や、物を作っているのは機械だけれど、機械を動かしているのは人であり、その、「人」のマネージメントこそが、物作りの基本であるということなどを学び、「製造業面白いな。もっと学びたいな」と思うきっかけになりました。

 

–幸長さんが社長に就任するまでの経緯を教えてください。

立ち上げを手伝った後、正式にその会社に転職をし、社長の右腕として3年間働きました。
そこで勤めている間に、今のNew-Era International Co.,Ltd.を設立するきっかけをいただきました。
当時勤めていた会社の社長が、大阪に本社を構える株式会社ニューエラーから、タイで自社製品の生産委託出来る会社がないか、という相談を受けており、私が調査を担当することになりました。
調べた結果、ニューエラー社がタイで発注したいと言っていた仕事が、一つの会社事業として成り立ち、さらにBOI上の特別恩恵を受けることが可能である為、自社で生産したほうが有利だということが判明し、アドバイスをしたことで、ニューエラー社のタイ進出プロジェクトチームに参加することになりました。
それがきっかけとなり、会社を設立するときにニューエラー社の会長から「ぜひ新会社の社長をやってほしい」というお話をいただき、最終的にお引き受けし2009年にNew-Era International Co.,Ltd.の代表に就任しました。

 

–事業内容を教えてください。

ニューエラー社向けの自動車電装部品の製造と梱包資材関係の商社を行っています。
New-Era International Co.,Ltd.は日本の外資100%で、製造業として登記している為、製造業務しか行えませんが、弊社では別途IPOを取得し、商社業務を行っています。自動車産業界へ向けての梱包資材等が主な取り扱い製品です。
タイでは外国人が行える事業が外国人事業法によって制限されて居るため、行える業務内容に制限があります。
今迄の経験等から、新規タイ進出や、タイ国内からの物品調達を検討されている企業様等から相談を受ける事も多いのですが、現在の形態では、実際に具体的なお手伝いをする事が出来ません。
そこで、色々な分野でサポートが出来る様にということで、もう一つのY global Co.,Ltd.という会社を2013年に設立しました。
この会社は、お客様が困っていることがあったときの相談窓口のようなもので、ビジネスマッチングや進出支援などをしています。

 

–経営者として大切にしていることは何ですか?

一つ目は私自身が経営者である前に、一人の人間として、仕事を楽しむことです。
社員や株主に還元するために利益を出さなければならないという責任はもちろんありますが、それは社長として当たり前のことですので、敢えて触れません。
仕事は人生に置けるたった一部分ですが、一日の多くの時間を割く大切な一部分ですので、仕事を楽しむ事が人生を楽しむ事に繋がると考えます。何事も、楽しまないといいパフォーマンスは出せないですよね。
経営の事を考えると眠れない夜もありますが、大いに働き、大いに楽しむ。に尽きると思います。

二つ目は他責ではなくいつも自責であることです。会社を経営していると、利益が出ない、社員が問題を起こすなど苦しい時期や悩む事ももちろんありますが、原因が無ければ問題は起こりません。その問題の中で、常に自分自身と自分の属する組織を省みて何が出来るかを考え、 問題解決策を模索し、解決迄のプロセスをいかに進めるかが大事だと思います。
他人の問題と捉えて他責にしていると愚痴が生まれますが、愚痴を言うだけでは何も前に進まないですね。

三つ目は、私自身が会社の中の一人のムードメーカーとなることです。仕事の面では、自分に対しても社員に対しても厳しいので、私がいると社内の雰囲気が自然と引き締まります。でも、ただの怖い人になってしまうと、現場からの声が上がってこなくなります。
仕事が終わった後には食事に誘ったり、休憩中に話かけたり、みんなを和やかにするのも私の仕事だと思っています。

 

–今後のビジョンを教えてください。

弊社は組み立てのプロフェッショナルとして、小ロット多品種の製品を人の手で組み立てる事を得意としています。大手の大型工場ですと、機械を使って何千個何万個とつくることが多いのですが、弊社は小ロットから受けています。
少量多品種を効率よく組み立てるには、プログラミングされた機械ではなく、やはり人の手が適しています。
一方で、人間が組み立てるとなると懸念されるのがヒューマンエラーですが、いかに間違いなく人の手で組み立てることができるか、あらゆる生産治具を工夫したり、間違いの起こらない生産工程を考えたりと、知恵を出し合い、繰り返し改善を重ねる事で設立から今日までノウハウを蓄積してきました。
今後は、そのノウハウを活かして、既存事業だけではなく、タイ国内での仕事を模索していきたいと思っています。また、 タイ国内調達した製品を、日本やASEAN諸国に出していくという、商社業務も更に充実させていきたいと考えています。

 

–個人として今後の目標は?

タイ国内だけではなく、ASEAN諸国や日本に向けて、何か発信できればいいなと漠然と思っています。BOIも政策が変わり、製造業をタイで営むにあたって、今後は今までのように上手くはいかないでしょうし、市場としてもタイは飽和状態になりつつあるなと感じていますので、今後の選択肢として、タイ+他の国で検討する時期に来ていると考えます。
また、現在の日本を見ると、ついに海外から日本を支える時代が来たのではと感じています。海外に出ている私たちが橋渡し役として、海外と日本を結び、応援できるようなことをしていきたいなと思っています。今私が行っている、日本の若い世代の方への講演会や進出支援などもその一環です。

 

–2015年の抱負をお願いします。

社員がこの会社で働けてよかったなと思ってもらえる様な会社づくりを進めます。
また、何か新しい事業を一つ生み出します。今、考えている事業案があるので、それを今年は形にしていきたいですね。

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