”しらす”でアジアに挑戦する

Name: 小松 伸克

Age: 44

Company: SIAM KOMATSU TRADING CO.,LTD.

Post: President

College: 日本大学

Language: 日本語、タイ語

”しらす”でアジアに挑戦する

1970年、茨城県生まれ。 大学卒業後、大手オフィス機器メーカーに営業職として就職。1年半後、商売を覚えようと単身大阪へ。一代で自社ビルを建てた茹でダコ屋の経営者の下で働くが、会社経営の難しさを実感。一から出直そうと、1994年に小松水産株式会社に入社。3年間加工現場で働き、営業、常務取締役を経て、2007年代表取締役に就任。

–事業内容について教えてください

しらす・ちりめん関連商品の加工販売及び、いかかば・さんまみりん干し等水産加工品の製造販売などを行なっています。
8年前にタイに進出し、バンコクでは約100店舗の飲食店様に弊社商品を納品させていただいております。
私は1940年に創業した小松水産株式会社の三代目社長として事業を引き継ぎましたが、海外展開は初ということもあり、何もないところからのスタートだったので、とにかく想いを強く持ってやってきました。

 

–しらすの加工で難しいところはありますか

最初にご説明しますと、しらすとは、イワシ(マイワシ・カタクチイワシなど)の稚魚のことを言います。大きくなるとちゃんとあの「イワシ」になります。
日本のしらす漁は禁漁期間があるので、漁獲シーズンは春と夏に限られており、その日の天候により水揚げ量に差があります。
生のしらすはウロコがなく文字どおり(鰯)非常に弱い魚です。そのため加工前の冷凍保存が難しく、その日の水揚げはその日の内に加工しなければなりません。十分な設備が整っていない工場では泣く泣く廃棄しているところもあります。

 

–自然相手のしらす加工は生産量にばらつきが出そうです

生産量のばらつきはしらすに限らず水産業の課題だったのですが、我々は自然相手のこの加工技術を平準化したいと考えるようになりました。
しらすの加工自体はインドネシアや台湾、中国など様々な産地で行なわれていましたが、中でもタイ産のしらすがとても美味しく見た目も満足できる品質でした。そのためタイで工場を作るに至りました。それが8年前のことです。

 

–初の海外進出ということで、失敗や悔しい思いもされてきたと思います

弊社の最初のタイ工場は、まだまだ加工技術があるといえるような設備はなく、自社によるボイル殺菌と炊きあげすら出来ませんでした。そのため操業当初はローカル業者からしらすを購入し、異物選別をしているに留まっていました。
ある日、日本の加工食品大手企業の方が弊社工場の視察に来て、「規模も設備も小さいですね」と言われました。その時はとても悔しい思いをしましたが、大きさで勝負するのではなく最高のクオリティであっといわせてやる!と逆に気合が入りましたね。

 

–初めての海外進出に不安はありませんでしたか

知り合いが一人もいない状況でタイの地に降り立ちました。
会社の設立や会計のことなど本当に右も左もわからず、毎日が苦労の連続でした。
そんな中で、タイ人会計士に騙されおよそ100万円失いました。額もそうですが、身内が一人もいない孤独の地で信用していた人に騙されたことの方がショックでしたね。その体験から、文化を知らなければいけないと思うようになり、自ら進んで語学を学ぶようになりました。
その時に入社してくれた日本語を話せるタイ人スタッフにはとてもお世話になりました。
2007年6月から登記する12月までの間、スタッフにタイ語を教えてもらいながら文化を知るように努めました。

 

–水産業界は癖がある人が多い印象があります

仰るとおり、負けん気の強い人が多いですね。何も知らない日本人が来たと思って値段を当然のように高く吹っかけてきます。
このような場面でスタッフや実地から学んだタイ語やタイ文化が役立ってくるのです。
私自らがタイ語で話し交渉することで、相手との距離がぐっと縮まります。
普通のしらす屋さんは商社が仕入れたしらすを購入していますが、私は自分で現地に赴き、実際にモノを見てから判断するようにしてきました。そのおかげで現地の人と仲良くなり、高品質の食材を安定して仕入れることができるようになりました。

 

–工場の場所をチョンブリー県にしたのは何か理由があるのですか

実は当初はラヨーン県に工場を作ろうと思い、4.5ライの土地を購入していましたが、ここでもトラブルに見舞われました。
整地して図面も引いて「さあ建設に取り掛かるか」といった矢先、住民からの反対運動に遭ったのです。過去、周辺の土地に日系企業の工場があり騒音や汚染問題があったことが運動のきっかけでした。罵声が飛び交う100人規模の説明会を何度も行ないました。
ラヨーン県の権力者にも交渉しましたがうまくいかず、行政にも間に入ってもらいましたがそれでも埒が開かず…。
彼らの「日本旅行に連れていってくれ。それで我々は機嫌が良くなる」と言う話を聞いたとき、ここでも文化の違いを実感し、ラヨーン県での工場建設を諦めました。諦めたというよりも、他の土地でやるという決断をしたといったほうが正しいかもしれません。

 

–その出来事がチョンブリー県での工場設立のきっかけになったのですね

そうです。
そのときに出会ったコンサルティング会社の日本人社長の勧めで、チョンブリー県を中心に新たな土地を探すことにしました。
チョンブリー県の助役さんと会わせていただき、ラヨーン県での話をしたところ「そんなことがあったのですね。タイ人として謝ります。申し訳ありません。チョンブリー県では間違いなくサポートさせて頂きます」とのお言葉を頂きました。
誰を信用すればよいのかわからないような心のすさんだ時期だったので、こんなことを言えるタイ人がいることに驚いたと共に、やはりタイの地で頑張っていきたいという想いに駆られました。
そのときに買った土地は11ライです。
タイの大洪水や東日本大震災があったので途中計画が頓挫した期間もありましたが、なんとか去年の9月から無事稼動するに至っています。

 

–11ライはかなり広い土地です

11ライは5500坪に相当します。その中で弊社工場は500坪です。
この土地が、計画的に企業を集積させることを目的とするインダストリアルパークになってくれたら嬉しいという思いから広大な土地を購入しました。同じ志を持つ中小企業に来てもらえたら嬉しいです。

 

–新商品(しらすペースト)の開発も積極的なように思います

先に触れたように、今まではクオリティの低いしらすは捨てられていました。
味は同じでも形が悪いというだけで捨てられていたのです。人間側の加工技術や処理能力が追いついていないという理由だけで廃棄されていたのではしらすがかわいそうです。私はこれを何とかしたかった。
茨城地域資源にも登録されている自慢の久慈浜しらすですから味は間違いありません。これを従来の炊き上げた状態からすり身にし、ペースト状に加工した商品が「久慈浜しらすペースト」です。しらすをペースト化することにより、乳幼児から高齢者の方まで幅広い世代、さまざまな用途に合わせてご利用されているようで、お客様からも大変喜ばれています。

 

–これからの会社のビジョンを教えてください

やっていきたいことはたった一つ。しらす馬鹿でありたい、ということです。
弊社でしかできない加工技術で最高品質のしらすをお届けし、刺身や天ぷら等でも楽しんでいただきたいです。
しらす関連のカテゴリーで一番おいしい会社であり続けるには、当たり前のことを徹底的に死ぬ気でやることが大切です。
決して派手な商売ではありませんが、無くてはならないといわれるような会社になるべく日々前進しています。

 

–最後に、アジア進出を考えている若者に一言お願いします

自分がやりたいことを周囲の人に徹底的に言える人間であれば海外に出ても成功すると思います。
自分の想いをアツく語れる人であれば実績がなくても問題ありません。私もそうでした。私はしらすにおいて間違いなくナンバーワンになれると思ってタイに来ました。最高においしい食品を安心して食べられるようにする。すべてに真剣に真っ向勝負するだけです。
海外では私たちはいつもアウェー側の人間です。相手国の文化を良く知った上で日本人としての誇りを持って異文化コミュニケーションを楽しむことが出来れば、どこに行っても必要とされる人材になれると思います。

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